SSブログ
-| 2009年01月 |2009年02月 ブログトップ

永遠


             永 遠

                  アルチュール ランボー
          見つかった。 
          何が? ―永遠だ。
          太陽といっしょにいった
          海なんだ。

          見張り番の魂よ、
          そっと打明けようよ
          こんなに無能な夜について
          燃え上がる昼について。

          賛同する人々から、
          ありふれた高揚から
          そう君は解放され
          飛んでゆけ。

          だって君達だけから、
          サテンの燠達よ、
          義務は発散されるんだ
          やっとと言う間もなく。

          まさに希望はない、
          いかなる生誕もいらない。
          辛抱強く学問だ、
          責め苦があるのは確実だ。

          見つかった。 
          何が? ― 永遠だ。
          太陽といっしょにいった
          海なんだ。   

                    5月 1872



                 暁
                      アルチュール ランボー
 ぼくは夏の暁(あかつき)を抱きしめた。 
 王宮の前ではまだ動きが全くなかった。水が止まっていた。闇の野営地は森の道を離れないでいた。ぼくは歩いた。元気でぽかぽかとした風のそよぎを目覚めさせながら。すると宝石達が見つめ、翼達が音もなく昇った。
 最初の計画は、さわやかな青白い輝きでもう満たされた小道で、彼女の名前を言った花だった。
 ぼくは髪を振り乱しているブロンドの滝(ヴァッセルファル)に向かって、樅の林越しに笑みを浮べた。銀色の梢にぼくは女神を認めた。
 その時ぼくは一枚ずつヴェールを取っていった。並木道では、両腕を揺り動かしながら。平野を通り、そこでぼくは雄鶏に彼女のことを告げ口した。大都市で彼女はいくつかの鐘楼とドームの間を逃げていたし、大理石の河岸を乞食のように走りながら、ぼくは彼女を追いかけていた。
 街道の上方、月桂樹の森のそばで、ぼくは寄せ集めたヴェールで彼女を包んだ。そしてぼくは彼女の巨大な体を少し感じた。暁とその子どもは森の下方に転落した。
 目を覚ますと正午だった。


[おお季節らよ、おお城たちよ. . . ] 


     [おお季節らよ、おお城たちよ. . . ] 

                    アルチュール ランボー

     おお季節らよ、おお城たちよ
     どんな魂が無疵なのか?

     おお季節らよ、おお城たちよ!

     ぼくは魔術的な研究をした
     誰も逃れられない幸福について。

     おおそれに万歳だ、
     そいつのガリアの雄鶏が鳴くたびに

     しかし! ぼくはもう欲しない
     そいつがぼくの人生を引き取った。

     あの魅力! それは魂と肉体を捉え、
     すべての努力を追い散らす
 
     ぼくの言葉に何がわかる?
     幸福が言葉を逃がし飛ばしている!

     おお季節らよ、おお城たちよ。


ボトム

                ボトム
                       アルチュール ランボー

 現実は、ぼくの偉大な性格にとってとげとげしすぎるのだが、―それでもぼくの奥方のところに、ぼくはいた。灰青色の大鳥になって、天井の刳(く)り形の方へ飛び立ちながら、夕闇の中で翼を引きずりながら。
 彼女の大好きな宝石と彼女の肉体の傑作を受け入れている天蓋の足もとで、ぼくは一頭の大熊だった。紫の歯茎をして、悲しみの白い毛をして、その両目はクリスタルガラスとコンソールテーブルの銀製品に向いていた。
 すべてが闇になり焼けつく水槽になった。
 その朝、― 好戦的な六月の暁、― ぼくは野原を走った。驢馬になり、甲高い声をあげ、ぼくの不満を振り回し、郊外にいるサビナの女たちがぼくの胸に飛び込んでくるまで。

H


                 H
                       アルチュール ランボー 

 あらゆる奇怪なものがオルタンスのすさまじい行為を侵している。その孤独は性愛の仕組みにあり、その倦怠は官能の活発さにある。子ども時代の監視の下で、それは多くの時代で、諸民族の熱い衛生法だった。その扉は貧者に開かれている。現在ある道徳はその熱情あるいはその行動の中で解体される ―血に染まった床の上の、水素の明かりの中の、おおうぶな愛の激しい戦慄よ! オルタンスを見いだせ。 

地獄の一季節   * * * * * 


              地獄の一季節

                 * * * * *  
                        アルチュール ランボー

 《 昔、ぼくがしっかり覚えているのならば、ぼくの生活は祝宴だった。あらゆる心は開かれ、あらゆる酒はたっぷりと振る舞われていた。
 ある宵、ぼくは「美」を膝のうえに座らせた。― そしてぼくは彼女が苦いことを知った。― それでぼくは彼女を罵倒した。
 ぼくは正義に対して武装した。
 ぼくは逃げた。おお魔女たちよ、おお悲惨よ、おお憎しみよ、君たちなんだ、ぼくの宝が託されたのは!
 ぼくはようやく、ぼくの精神の中にある、あらゆる人間的な希望を消すことに成功した。すべての喜びに対して絞め殺すために、ぼくは音のない猛獣の跳躍をした。
 ぼくは死刑執行人たちを呼んだ。死にそうになりながらも、彼らの銃の床尾を噛むために。災いを呼んだ。砂や血で窒息するために。不幸はぼくの神だった。ぼくは泥の中に身を横たえた。ぼくは罪の風で体を乾かした。しかもぼくは狂気に対して強烈なわざを使った。
 そして春は白痴のぞっとする笑いをぼくに持ってきた。
 さて、つい最近ぼくが最後の調子はずれな叫び!を上げそうになったとき、ぼくは古い祝宴の鍵を探索しようと思った。そこでは多分ぼくの食欲も取り戻すかもしれない。
 慈愛がその鍵だ。― そんなことを思いついたのは、ぼくが夢を見ていたことの証明だ!
 《 おまえはハイエナ等のままでいるのだ. . . 、》ぼくにとても感じのいいケシで作った冠をかぶせてくれた悪魔が叫ぶ。《 すべてのおまえの食欲と一緒に死ぬがいい、おまえのエゴイズムとすべての大罪もしょい込んでな。》 
 ああ! ぼくはそれらを存分に選び取ってきたのさ。― ところで、悪魔殿、お願いだ、いらいらした目をしないでくれ! そして遅れている何らかのささいな臆病を待つ間に、作家には描写的や教育的な能力がないのを好む貴方のために、地獄に落ちたぼくの手帳から、これらの忌まわしい何枚かを切り離そう。


悪い血


                   悪い血

                  
 ぼくはガリア人を先祖にもち、薄青の目、狭い頭をしていて、戦いには不器用だ。ぼくの身なりも彼らと同じくらい野蛮だと思う。しかしぼくは髪にバターは塗らない。
 ガリア人は獣の皮をはいだり、草を焼いたりしていた人々で、当時一番無能だった。
 彼らからぼくが受け継いだもの、偶像崇拝と瀆聖好き。 ― おお! すべての悪徳、怒り、色欲、― ものすごい色欲、 ― とりわけ嘘と怠惰。
 手に職をつけるなんて大嫌いだ。親方も職人も、みんな百姓だ、下劣だ。ペンを持つ手は犂を持つ手と同じだ。― なんという手ばかりの世紀なんだ! ― ぼくは決して自分の手を下すまい。すると、召使は程遠い。乞食の正直は悲しい。犯罪者は去勢されたやつみたいに嫌気がさす。ぼくはといえば無傷だ。どっちでもいいことだが。
 ところで! ぼくの言葉が今までぼくの怠惰を導き、保護してきているなんて、一体だれがぼくの言葉をこれほど不実にしたのか? ぼくは生きるためにでさえ自分の体を使わないで、ひき蛙より無為にあちこちで生きてきた。ぼくの知らないようなヨーロッパの家族はない。― ぼくが言いたいのは、ぼくの家族のような家族のことで、そこでは人権宣言のすべてが守られている。― ぼくは良家の息子たちをみんな知ったんだ!

               ¯¯¯¯¯¯¯¯

 もしフランス史の何らかの項目に、ぼくの先祖が載っているのなら!
 いや、全然ない。
 ぼくがずっと劣等種族だったことは、ぼくには明白だ。ぼくは反抗を理解できない。ぼくの種族が蜂起したのは略奪のためばかりだった。狼たちがみずから殺さなかった獣に群がるように。
 ぼくはローマ教会の長女であるフランスの歴史を思い出す。ぼくはどん百姓で、聖地の旅をしたかもしれない。ぼくの頭の中には、シュヴァーベンの平野を通る街道、ビザンチウムの眺め、ソリムの城壁がある。ぼくの胸の中では、マリアへの崇拝、十字架にかけられた人への感動が、世俗のさまざまな美しい光景の間に目覚める。― 癩病のぼくは、太陽に蝕まれた壁の下で、割れた壷やイラクサの上に座っている。― もっと後に、雇われ騎兵のぼくは、ドイツの夜に野営したかもしれない。
 ああ! もっとある。林にある赤い空き地で、ぼくは老女たちや子どもたちと、魔女の夜宴に踊り狂っている。
 ぼくはこの大地とキリスト教より先のことは覚えていない。ぼくはこの過去の中に、自分をなかなか見直し終えないだろう。だが、いつも一人だ、家族もいない、しかも、ぼくはどんな言葉を話していたのか? キリストの会合にも、領主たち ― キリストの代理人たち ― の会合にも、ぼくは決して自分の姿を見ない。
 ぼくは前世紀に何だったのか、ぼくは今の自分しか見つからない。もはや放浪者はいないし、曖昧な戦争もない。劣等種族がすべてを覆った。― いわゆる民衆、理性が、国民と科学が。 
 おお! 科学! 人びとはすべてを引き取ったのだ。肉体のために魂のために、― 臨終の聖体拝領のようだが、― 人びとは医学と哲学を持っている、― 素人療法と編曲したシャンソンだが。さらに王族たちの気晴らしと彼らが禁じていた遊びを! 地理学、宇宙形状学、力学、化学を!. . .
 科学、新しい貴族! 進歩。世界は進む! なぜ回らないのか?
 それは数の幻想だ。ぼくらは「精神」に向かっている。これは確実だ、神託だ、ぼくが言っていることなんだ。ぼくはわかっている、だが異教徒の言葉を使わずに説明できないので、黙っていたい。
  
               ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 異教徒の血が戻ってくる! 精霊は近づいた、なぜキリストはぼくを助けないのか、ぼくの魂に高貴と自由を与えることで。ああ! 福音は去った! 福音よ! 福音よ。
 ぼくは神を渇望しながら待っている。ぼくは永遠に劣等種族の出だ。
 ぼくはアルモリックの浜辺にいる。町々は明かりが日暮れにともるがよい。ぼくの今日の仕事は終わった。ぼくはヨーロッパを去る。海の風がぼくの肺を焼くだろう。辺境の気候がぼくの肌を褐色にするだろう。泳ぎ、草を踏みつぶし、狩りをし、とりわけタバコをふかす。沸騰した金属のような強い酒を飲むんだ、― あのいとしい先祖たちが火を囲んでしていたように。
 ぼくは戻ってくるだろう。鉄の手足になり、くすんだ色の皮膚、狂暴な目をして。ぼくの顔つきから、人はぼくを強い種族だと思うだろう。ぼくは黄金を手にするだろう。ぼくは暇になって、粗暴になるだろう。女たちは暑い国から戻った容赦ないそれら不具者たちの世話をする。ぼくは政治事件に巻き込まれるだろう。救われる。
 今やぼくは呪われている。ぼくは祖国が大嫌いだ。一番いいこと、それは酔いしれて眠ることだ、砂浜のうえで。
 
               ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 出発はやめる。ここからまた歩み続けよう。ぼくの悪徳を背負いながら。悪徳、それは物心のつく頃から、ぼくの脇腹に苦悩の根を下ろした。― それは天まで伸び、ぼくを打ち、のけぞらせ、引きずり回す。
 極度の無垢と極度の臆病。話は決まった。ぼくの嫌悪と裏切りを、世間に持ち込まないことにする。
 さあ! 行進、重荷、砂漠、倦怠そして怒りだ。
 ぼくはだれに仕えるのか? どんな獣を崇めるのか? どんな聖像を攻撃するのか? どんな心を打ち砕くのか? どんな嘘をつき続けねばならないのか? ― どんな血の中を歩むのか?
 それより、正義を警戒することだ。― 人生は困難、愚鈍は簡単、― やせた拳で棺のふたを上げ、座り、窒息する。そうすれば老化も危険もない。恐怖はフランス人に似合わない。
 ― ああ! ぼくはこんなにも見捨てられているのだから、どんな聖像に対してでもいい、ぼくは完徳への発露を捧げる。
 おお ぼくの献身、おお すばらしいぼくの慈愛! そうは言っても、現世のことだ!
 「深キ淵ヨリ、主ヨ」、ぼくは馬鹿か!

                ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 まだぼくが子どもの頃、牢獄に何度も閉じ込められたあの強情な徒刑囚に、ぼくは感嘆していたものだ。彼の滞在で聖別したらしい宿屋や貸し部屋を、ぼくは訪れていた。「彼の見方で」青い空といかにも田舎らしい労働を、ぼくは見ていた。町々に彼の宿命を嗅ぎ分けていた。彼は聖者よりも力を持ち、探検家よりも良識を持っていた。― なのに彼の栄光と理性の証人は、彼、彼だけだった!
 街道で、冬の夜、宿無しで、服もなく、パンもない。ある声が凍てつくぼくの心を締めつけていた。《 弱かろうが強かろうが、おまえはそこにいる。それは強さだ。おまえがどこに行くのか、なぜ行くのか、おまえは知らない。どこにでも入れ、すべてに答えよ。もはや誰もおまえを殺さないだろう、もしおまえが死体だったらな。》 朝に、ぼくはあまりにも絶望的な目をして、死んだような様子だったので、ぼくが出会った人々は「たぶんぼくを見かけなかっただろう。」
 町々で、ぬかるみは突然ぼくには、赤や黒に見えていた。ランプが揺れるときの、隣の部屋の鏡のように、森の中の宝物のように!  ぼくは、頑張れと叫んでいた。そして空には炎と煙の海を見ていた。あちこちでは、すべての財産が十億の雷のように燃え上がっていた。
 だが、乱痴気騒ぎも女性づきあいも、ぼくには禁じられていた。一人の仲間さえいなかった。ぼくはいらだつ群衆の前で、銃殺班と向き合っている自分を見ていた。彼らが理解できない不幸に泣いている、そして許している自分を! ― ジャンヌ ダルクのようだ!―  《 司祭たち、教授たち、教師たち、ぼくを司直に引き渡すなんて、君たちは間違っている。ぼくは一度もここの国民ではなかった。ぼくは一度もキリスト教徒ではなかった。ぼくは処刑場で歌をうたっていた種族の出だ。ぼくは法律を理解しない。道徳心もない。ぼくは獣のような人間だ。君たちが間違っている. . . 》
 そう、ぼくの目は君たちの光に閉じている。ぼくは獣だ、黒人だ。だが、ぼくは救われうる。君たちは偽の黒人だ。君たちは偏執的で、冷酷で、守銭奴だ。商人、君は黒人だ。司法官、君は黒人だ。将軍、君は黒人だ。老けた痒がり皇帝、君は黒人だ。君はサタン醸造所の無税の酒を飲んだ。― この国民は熱病と癌によって導かれている。不具者や老人たちは大層ご立派で、釜茹でにされるのを願うほどだ。― 最も利口なことは、この大陸を去ることだ。ここでは狂気が徘徊している。これらのくだらない連中に人質を与えるために。ぼくはハム族の子孫の真の王国に入る。
 ぼくは自然をさらに知っているのか? 自分をぼくは知っているのか? ― もはや言葉たちはいらない。ぼくはそれらの死体をぼくの腹に埋葬する。叫びだ、太鼓だ、ダンス、ダンス、ダンス、ダンス! 白人どもが上陸して、いつぼくが無に落ちるのか、ぼくにはわかりもしない。
 飢えだ、渇きだ、叫びだ、ダンス、ダンス、ダンス、ダンス!

               ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 白人どもが上陸する。大砲だ! 洗礼を受け、服を着て、労働をしなければならない。
 ぼくは心に恩寵の一撃を受けた。ああ! ぼくはそれを予想していなかったんだ!
 ぼくは少しも悪さをしなかった。日々はぼくにとって軽やかに過ぎ、後悔もしないですむだろう。葬式の大蝋燭のような厳格な光が再び昇るところでは、善に対してほとんど無関心な魂の苦悩を、ぼくは持たなくなっているだろう。良家の息子の運命、澄んだ涙で濡れた早すぎる柩。なるほど放蕩は愚かで、悪徳も愚かで、腐ったものは遠くへ投げ捨てなければならないのだが、大時計はもう単なる苦悩の時刻だけを告げるものではなくなっているだろう! ぼくは幼子のように抱き上げられ、天国で遊ぶことになるのだろうか、すべての不幸を忘れて!
 急げ! ほかの人生はあるのか? 富の中で眠るのは不可能だ。富はいつも公共の財産だった。神の愛だけが知識の鍵を与える。自然は善意の光景に過ぎないことが、ぼくにはわかる。さらば様々な妄想よ、理想よ、過ちよ。
 天使たちの理性に満ちた歌声が、救いの船から湧き上がる。それが神の愛だ。― ふたつの愛! ぼくは地上の愛で死ぬことも、献身で死ぬこともできる。ぼくは人々を後に残してきた。ぼくが行ったことで彼らの苦しみは増えるだろう! あなたは難破者の中からぼくを選んでくださった。残る人々もぼくの友達ではないのですか?
 彼らを救ってください!
 理性がぼくに生まれた。この世は善だ。ぼくは人生を祝福しよう。わが兄弟たちを愛そう。これはもう幼いときの約束ではない。老いや死をのがれようとする希望でもない。神はぼくの力をつくり、ぼくは神を称える。

                ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 倦怠はもうぼくの恋人ではない。激怒、放蕩、狂気、それらの高揚と失敗のすべてを、ぼくは知っている。― ぼくのすべての重荷は降ろされている。ぼくの無垢の広がりを、目まいをしないで評価しよう。
 ぼくはもう棒で打つ励ましを頼むことはできないだろう。ぼくはイエス-キリストを義父として、婚礼のために一緒に乗船するとは思わない。ぼくは自分の理性の囚人ではない。ぼくは述べたのだ、神を。ぼくは救いの中に自由がほしい。どのようにそれを追い求めればいいのか? 軽薄な好みはぼくから離れた。もう献身も神の愛も必要としない。ぼくは感じやすい心の世紀を惜しまない。軽蔑にしろ慈愛にしろ、誰もが理屈を持っている。ぼくは良識というあの天使の梯子のてっぺんに、自分の席を取っておく。
 確かな幸福といえば、家庭のだろうとなかろうと・・・いや、ぼくには不可能だ。ぼくはあまりにも勝手気ままで弱すぎる。生活は労働によって花開く。昔からの真実だ。けれどぼくの生活には充分な重みがない。社会で大切な要点である活動というものの上空はるかに、その生活は舞い上がり、漂っている。
 なんとぼくは老嬢になったもんだ、死を愛する勇気もなく!
 もし神が透明な天上の静けさを、祈りをぼくに与えてくれるなら、― 昔の聖人たちのように。― 聖人たち! 強者たち! 隠者たち、もはや不要な芸人たちだ!
 絶え間ない笑劇! ぼくの無邪気さには泣かされるよ。人生はみんなでつくる笑劇だ。

               ¯¯¯¯¯¯¯¯
  
 もういい! 罰が来た。― 進め!
 ああ! 肺が焼け、こめかみがうなる! 夜がぼくの目の中を走る、この昼間に! 心臓が. . . 手足が. . .
  きみらはどこへ行くんだ? 戦いにか? ぼくは弱いんだ! 他の人らは進んでいく。工具、武器. . . 時間だ!. . .
 撃て! ぼくを撃て! さあ! それとも降伏するぞ。― 意気地なし! ― ぼくは自殺するぞ! 馬の脚もとに身を投げるぞ!
 ああ!. . .
 ― ぼくはこんなことにも慣れるんだろう。
 これがフランス人の人生、名誉への小道だろう!

               ¯¯¯¯¯¯¯¯
  

地獄の夜


                  地獄の夜
                  

 ぼくは名高い毒を飲み干した。― ぼくに届いた教訓には、三度の祝福あれ! ― 内臓が焼ける。毒液の激しさは手足を引きつらせ、ぼくをゆがめ、打ちのめす。のどが渇いて死にそうだ。息がつまる。叫べない。これが地獄だ、永遠の罰だ! 見ろ、火がなんと燃え上がっていることか! ぼくはちゃんと燃えているぞ。さあ、悪魔よ!
 ぼくは善と幸福への改心を、救いを、かいま見ていた。その幻影をぼくは描写できるかな、地獄の空気は賛歌を認めないぞ! それは何百万の魅力的な人々、甘美な宗教音楽会、力と平和、高貴な熱望、その他いろいろだった。
 高貴な熱望か!
 それでもまだ生きているぞ! ― 地獄の罰が永遠ならば! 自傷したがる人間はまさしく地獄落ちだ、そうだろう? 我地獄にありと思う、故に我そこにあり。これはカトリック要理の実現だ。ぼくは自分の洗礼の奴隷だ。両親よ、あなた方はぼくの不幸をつくり、あなた方の不幸もつくった。哀れで無実なぼく! ― 地獄は異教徒に攻撃できない。― 生きているぞ、まだ! 後で地獄の罰の喜びはもっと深くなるだろう。罪よ、早く、人間の法によって、ぼくを虚無に落とすんだ。
 黙れ、黙るのだ!. . . 恥だ、非難だ、ここにあるのは。サタンは言う、その火は醜いと、ぼくの怒りはひどく愚かだと。― もうたくさんだ!. . . ひとがぼくに耳打ちする誤った考え、魔術、偽の香水、幼稚な音楽は。―それから、ぼくが真理を手にし、正義を認めている、なんて言う。ぼくが健全で確固たる判断力を持ち、完徳への準備ができているって. . . 傲慢だ。― ぼくの頭の皮は乾いている。憐れみを! 主よ、ぼくは怖いのです。ぼくはのどが渇いています、とても渇いています! ああ! 少年時代、草、雨、敷石の水たまり、十二時の鐘が鳴るなり月明かり. . . 悪魔は鐘楼にいる、この時刻に。マリア様! 聖母様!. . . ― ぼくの愚かさがおぞましい。
 向こうに、ぼくのことを思ってくれる、誠実な人たちがいるではないか. . . おいで. . . ぼくは枕を口にあてている。あの人たちはぼくが聞こえないんだ、あれは亡霊だ。それに、だれも他人のことなんか考えない。近づき無用だ。ぼくは焦げ臭い、それは確かだ。
 幻覚は非常に多様だ。それはぼくが常に経験していたとおりだ。もう歴史を信用しない、さまざまな原理も忘れた。ぼくは幻覚について黙る。詩人たちや幻視者たちが嫉妬するだろうから。ぼくの方が千倍も豊かだ。海のようにため込んでおこう。
 何じゃ、こりゃ! 命の大時計がさっき止まった。ぼくはもうこの世にいないのだ。― 神学は信頼できる。地獄は確かに「下に」ある。―そして天国は上に。―炎の巣の中での恍惚、悪夢、眠りだ。
 そこの平野を注目すると、なんと多くの悪意たちがいることか. . . サタンのフェルディナン、野生の種子を持って走っている. . . イエスが緋色の茨の上を、たわませないで歩いている. . . イエスは逆巻く水の上を歩いていた。ランタンがぼくらに彼を映し出した。エメラルドグリーの波の中腹で、褐色の髪を三つ編みでまとめ、白衣で直立している姿を. . .
 ぼくはすべての神秘を暴こう。宗教の神秘や自然の神秘、死、誕生、未来、過去、宇宙の始まり、無を。ぼくは魔術幻灯の大家だ。
 聞いてくれ!. . .
 ぼくにはすべての才能がある! ― ここには誰もいない、それなのに誰かがいる。だからぼくは自分の宝をふんだんに与えたくない。― お望みは黒人の歌か、イスラムの天女の舞か? お望みはぼくが姿を消したり、指輪を探しにもぐることか? お望みは? ぼくは黄金を、薬をつくるんだ。
 だからぼくに任せなさい。信頼が気持ちを楽にし、導き、癒す。みんな、来るんだ、― 幼子たちも、― ぼくがあなた方を癒せるように。ぼくの心を、― 奇跡の心を! あなた方に与えられるように。 ― 哀れな人よ、働く人よ! ぼくは祈りを求めない。あなた方の信頼さえあれば、ぼくは幸せなんだ。
 ― では、ぼくのことを考えよう。そうしても地上を惜しむことには、ほとんどならない。ぼくは運がよく、もう苦しまない。ぼくの人生は甘ったれた愚行でしかなかった。残念なことだ。
 まさか! 考えられる百面相をしてやろうじゃないか。
確かに、ぼくらは現世の外にいる。もうなんの音もない。ぼくの触覚はなくなった。ああ! ぼくの城、ぼくのザクセン、ぼくの柳の林よ。幾多の夕べと朝よ、幾多の夜と昼よ. . . ぼくは疲れた!
 ぼくは憤怒のために地獄に落ち、傲慢のために地獄に落ち、― そして愛撫の地獄にも落ちねばならないだろう。地獄の合奏だ。
 ぼくは死ぬほど疲れている。ここは墓場だ。うじ虫行きか。嫌なものは嫌だ! サタンよ、道化者よ、おまえは魔力でぼくを溶かしたいんだな。要求する、ぼくは要求する! 熊手の一撃を、炎の一滴を。
 ああ! 人生をさかのぼるのか! 歪んだぼくらに対して目を向けるのか。それにあの毒、あの千回も呪われた接吻! ぼくの弱さ、現世の残酷さに対して! 神よ、憐れみを、ぼくを隠してください、ぼくはあまりにも無様です! ― ぼくは隠されている。そしてぼくは無様ではない。
 火が、地獄に落ちた人とともに燃え上がる。


錯乱Ⅰ


                錯乱
                 Ⅰ
              ¯¯¯¯¯¯¯¯
              愚かな乙女   
                ¯¯¯¯¯
               地獄の夫

 地獄にいる連れ合いの告白を聞こう。
 《 ああ、聖なる夫よ、わたしの主よ、あなた方にお仕えするわたしたちの中の、最も悲しい告白を拒まないでください。わたしは迷っています。酔っています。けがれています。なんという生活でしょう!
 《 お許しください、聖なる主よ、お許しを! ああ! お許しを! こんなにも涙があふれる! これからも涙が続くのでしょう!
 《 そのうちに、わたしはその聖なる夫を知るでしょう! わたしはそのお方に従うために生まれました。― いまは別の夫がわたしをぶってもかまいません!
 《 いま、わたしは地獄の底にいます! あっ、わたしの友達よ!. . . いや、友達じゃない. . . こんな責め苦と錯乱はありえない. . . ばかげてる!
 《 ああ! 苦しい、叫ぶわ。ほんとに苦しい。でもわたしは何でも許されているの。軽蔑のうちの最大の軽蔑を受けているから。
 《 では、その打ち明け話をしましょう。二十回もそれを繰り返すかもしれないけれど。― 陰気でくだらない話を!
 《 わたしは地獄の夫の虜になっています。その人は愚かな乙女たちを迷わせたのです。ちょうどそこにいる悪魔のような人です。幽霊ではありません、幻でもありません。わたしは分別を失い、地獄に落とされ、現世では死んでいます。― だれも私を殺せないでしょう! ― 彼のことをどのように述べればいいのでしょうか! わたしはもう話すことができません。わたしは喪に服しています。泣いています。怖いです。主よ、少しの冷気をください、どうぞ、どうぞよろしく!
 《 わたしは未亡人です. . . ― わたしは未亡人でした. . . もちろん、昔わたしはとても真面目でしたし、骸骨になるために生まれたわけではありません!. . . ― 彼はほとんど子どもでした. . . 彼の不思議な優雅さに、わたしは心を奪われてしまったのです。わたしは人間としての義務をすべて忘れ、彼について行きました。なんという生活! 真の生活はないのです。わたしたちは現世にいません。わたしは彼が行くところへ行きます。そうしなければならないのです。なのに彼はよく激怒するんです、わたしに、この哀れな魂のわたしに。悪魔だわ! ― 彼は悪魔よ、そうよ、人間じゃない。
 《 かれは言うのです、「ぼくは女を愛さない。愛は新たな価値を見いださなければならない、わかっている事だが。女はもはや確実な地位をほしがることしかできない。その地位を得ると、心や美はそっちのけだ。残るのは冷たい軽蔑だけだ。今では、それで結婚生活が成り立っている。そうでなければ、幸福の色を見せ、ぼくならいい仲間になれそうな女たちが、火刑台の薪のようにめらめら燃える荒くれ者にむさぼり食われるのを、ぼくは見ているのだ. . . 」
 《 わたしは汚辱を栄光に、残酷を魅力に変える彼の話を聞いています。「ぼくは遠い種族の出だ。ぼくの先祖はスカンディナヴィア人だった。 彼らは自分のわき腹を刺し、血を飲んでいた。― ぼくは体のあちこちに切り傷をつける。入れ墨をする。モンゴル人のように醜くなりたい。いずれわかるが、ぼくはあちこちの通りで吠えてやる。怒り狂ってやるんだ。ぼくに宝石を決して見せるなよ。ぼくは絨毯の上で這いずり回って身をよじるぞ。ぼくの富はあちこちに血の染みがついていてほしいものだ。決してぼくは働かないぞ. . . 」幾夜も、彼の悪魔がわたしに取りついたので、わたしたちは転げ回り、わたしはそれと格闘したものです! ― 夜に、たびたび、酔って、彼は通りや建物の中で待ち伏せするの。わたしを死ぬほど怖がらせるために。― 「ぼくは本当に首をはねられるだろう。そいつは胸がむかつくぞ。」 ああ! この頃、彼は罪の匂いを漂わせて歩きたがっているんだわ!
 《 ときどき彼は、ほろりとさせる訛りで話すのです。後悔させる死について、確かにいる不幸な人たちについて、つらい労働について、心を引き裂く出発について。わたしたちが酔っぱらっていた安酒場で、わたしたちを取り巻く人たちを見つめながら、彼はよく泣いていました、悲惨な家畜たちだと言って。彼は暗い路上で、酔いつぶれた人たちを起こしていました。彼には意地悪な母親が幼子たちに対してもつ憐れみがありました。― 教理問答の授業に出る女の子のような優しい様子で、彼は出かけるのでした。― 商業、芸術、医学のすべてに、彼は見識がある振りをしていました。― わたしは彼の後について行きました、そうしなければならなかったのです!
 《 彼が、心の中で、取り囲まれていたすべての舞台装置、つまり衣服やシーツや家具を、わたしは見ていました。わたしは彼に武器ともうひとつの顔を提供しました。彼を感動させるすべてのことを、彼が自分のためにどれほどそれを創造したがっていたのかを、わたしは見ていました。彼の心が無気力に思えるときはいつも、奇妙で厄介な行動の中を、善悪を問わず、このわたしは遠くまで彼についていきました。わたしは彼の世界に決して入れないことを確信していました。眠っている彼のいとしい体のそばで、夜毎にいったい何時間をわたしは寝ないで過ごしたことでしょう、彼があんなにも現実から逃避したがっている理由を探し求めながら。このような願いを持った人は決していないようです。わたしは認めていました、― 彼のために心配するわけではありませんが、― 彼が社会の中で重大な危険になりうることを。― もしかして彼は人生を変えるための秘密を持っているのでしょうか? いいえ、彼はそれを探し求めているだけです、わたしは自分にそう言い返していました。とはいえ彼の慈愛には魔法がかかっていて、それでわたしは囚われの人になっています。他のどんな人も、その慈愛を引き受けるための、― 彼によって守られそして愛されるための、充分な力を、― 絶望の力を! 持ってはいないでしょう。しかも、わたしは彼が他の人と一緒にいるのを想像しませんでした。人はその人の天使が見え、決して他の人の天使は見えないのです、― わたしはそう信じます。わたしは住んでいたのです、彼の魂の中に、まるで宮殿のようなところに。そこではあなたのような高貴さがほとんどない人と会わなくするために、人が追い出されていました。それだけのことです。ああ!わたしはまさしく彼に依存していました。でも彼は地味で臆病なわたしの生き方に、いったい何を望んでいたのでしょう? 彼はわたしを前よりよくはしてくれませんでした、わたしを殺さなかったとしても! 悲しくて悔しくて、わたしは彼にときどき言います。「あなたのことわかるわ。」 彼は肩をすくめるのでした。
 《 このように、わたしの悲しみはたえず新たになり、自分の目にもわたしがもっと道に迷っているのを感じていたので、― わたしを見たすべての目にも、そう感じていたことでしょう、もしわたしが永遠にすべての人から忘れられる刑罰を下されたのでなければ! ― わたしはますます彼の優しさに飢えていきました。彼に口づけされ、親しく抱かれると、それはまさに天国でした、暗い天国でした。そこにわたしは入っていました。そしてそこで、わたしは貧しく、耳が聞こえず、口がきけず、目が見えないままにしておかれたかったでしょう。もうそうする癖になっていました。わたしたちは悲しみの楽園を散歩する、二人の良い子のように見えました。わたしたちは仲が良かったのです。とても感動しながら、わたしたちは一緒に働いていました。けれども、心を打つ愛撫のあとで、彼は言っていました。「ぼくがもうそこにいなくなったときに、おまえが経験したことが、なんとおかしいとおまえには思えるだろう。おまえがもうその首をこの腕にのせることもなく、おまえがこの胸に休むこともなく、おまえの目にこの口も触れることがなくなったときに。なぜならぼくは、いつか、とても遠くに、行かなければならないんだ。それに、ぼくは他の人たちを助けなければならない。それはぼくの義務なんだ。それはあまり気乗りのすることではないのだが. . . 、いとしい人よ. . . 」 すぐに、わたしは予感しました。彼が出て行くと、わたしはめまいに襲われ、もっとも恐ろしい闇、死のなかに沈められることを。わたしと縁を切らないでと、わたしは彼に約束させました。恋人がするその約束を、彼は二十回もしました。それは、わたしが彼に言った「あなたのことわかるわ。」と同じくらい、たわいないものでした。
 《 ああ! わたしは彼に決して嫉妬しませんでした。彼はわたしを棄てない、と信じています。これからどうなるのかしら? 彼には知識がないのです。決して働かないでしょう。彼は夢遊病者のように生きることを望んでいます。彼の優しさと慈愛だけで、現実の社会をわたってゆく権利が彼に与えられるのでしょうか? ときどき、わたしは自分がおちいっている惨めさを忘れています。彼はわたしを強くするの、わたしたちは旅行をするわ、砂漠で狩りもするわ、見知らぬ町の舗道の上で眠ったりもするの、心配しないで苦労もしないでね。あるいは、わたしが目覚めると、法律と生活習慣が変わっているの、― 彼の魔力のおかげで、― 世界は元のままなのに、わたしはほしいと思う心のままに、喜びと無頓着に身をまかすのよ。ああ! 子どもの本の中にある冒険の世界を、わたしがあんなに苦しんだご褒美に、あなたはわたしに与えてくれますか? 彼にはできません。わたしは彼の理想を知りません。彼は後悔したことや希望をわたしに言いましたが、それはわたしに関係のないことでしょう。彼は神と話をしているのかしら? たぶんわたしこそ神に話しかけるべきでしょう。わたしは最も深い奈落の底にいて、もう祈ることができません。
 《 彼が自分の悲しみをわたしに説明するとしても、彼のからかいの言葉以上に、それをわたしは理解するでしょうか? 彼はわたしを非難します。わたしが世間で感動したすべてについて、彼は何時間もかけて、わたしに恥をかかせるのです。そしてわたしが泣くと、彼は怒るのです。
 《 ― あの上品な若者がおまえに見えるだろう、きれいで静かな家に入ろうとしている人だ。彼の名前はデュヴァル、デュフール、アルマン、モーリス、そのへんかな? ある女があのあぶないばか者を愛して身をささげたんだ。彼女は死んだ。天国ではもちろん聖女になっている、今ではな。あの男がその女を殺したように、おまえもぼくを殺すだろう。それがぼくらの運命だ、慈悲深い心を持つぼくらのな. . . 》 ああ! 彼には、行動するすべての人がグロテスクな錯乱のとりこに見えるという日々がありました。彼は長いことひどく笑っていました。― それから、彼は若い母親の、愛されている姉の物腰を取り戻すのでした。彼がもう少し野蛮でなければ、わたしたちは救われるのに! けれども彼の優しさも死ぬほどなのです。わたしは彼に従います。― ああ! 愚かなわたし!
 《 いつの日か彼は見事に姿を消すでしょう。でも彼がどこかの天国に昇るはずなのかどうか、わたしは知らなければなりませんし、わたしの恋人の昇天を少しでも見なければなりません!》
 変な夫婦だ!


錯乱 Ⅱ

                錯乱
                 Ⅱ
              ¯¯¯¯¯¯¯¯
             言葉の錬金術   
                ¯¯¯¯¯

 ぼくの番だ。この物語はぼくの狂気の沙汰のひとつだ。
 ずっと前から、ぼくはありとあらゆる風景画に通じていることを自負していたし、現代詩や絵画の有名人たちを、笑うべきものだと評価していた。
 ぼくが愛していたもの。馬鹿げた絵、ドアの上にある装飾、大道芸人の幕、看板、人気の彩色挿絵。時代遅れの文芸、教会のラテン語、綴りの怪しい好色本、祖母たちの小説、妖精物語、子ども向けの小型本、古いオペラ、間抜けなルフラン、素朴な韻律。
 ぼくが夢見ていたもの。十字軍、未知の探検旅行、出来立ての共和国、抑圧された宗教戦争、風俗の革命、民族と大陸の移動。ぼくはすべての素晴らしいことを信じていた。
 ぼくは母音の色を発明した! ― A 黒、E 白、I 赤、O 青、U 緑。― ぼくはそれぞれの子音の形態と動態を規制した。そして、本能による韻律で、ぼくはいつの日か、すべての感覚に接近できる詩の言語を考案できると思った。ぼくはその言い表し方を留保していた。
 最初は習作だった。ぼくはいろいろな沈黙を、いろいろな夜を書いていた。表現しがたいことを書きとめていた。ぼくはさまざまな目まいを定着していた。

              ¯¯¯¯¯¯¯¯
           
  鳥たちから、羊の群れから、村の娘たちから遠く離れて、
  ぼくは何を飲んでいたの、ハシバミの柔らかな林で
  囲まれたヒースの中でひざまずいて、
  午後の心地よい緑の霧の中で?

  この若いオワーズ川でぼくは何が飲めたの、
  ― 声のない楡の若木、花のない芝生、曇り空さ!―
  ぼくのいとしい小屋から遠く離れて、この黄色の
  ひょうたんで何が飲めたの? 汗ばむ金色のお酒さ。

  ぼくは宿屋の怪しい看板になっていた。
  ― 雷雨は空を追い出しに来た。夕方
  森の水はけがれのない砂原に消えていた。
  神の風は氷片を池に投げていた。

  泣いて、ぼくは黄金を見ていた ― なのに飲めなかった ―

              ¯¯¯¯¯¯¯¯ 

     朝の4時、夏、
     恋の眠りはまだ深い。
     木陰の下で蒸発する
          祝いの夜のあのにおい。

     向こうでは、彼らの広い作業場で
     ヘスペリデスらの太陽の下で、
     もう体を動かしている ― シャツ姿で ―
          大工たちが。

     彼らの苔むした静かな荒野に、
     彼らは高価な上張りを準備する
          町の人はそこに
        偽りの天国を描くだろう。

     おお、その素敵な職人たちよ
     君たちはバビロン王の臣下であるから、
     ヴィーナス! 彼らのためにちょっと離れよ
     魂が冠をいただいた愛人たちから。

        おお 愛人たちの女王よ、
     働き手らにブランデーを届けよ、
     彼らの力が安らかであるように
     昼の海水浴を待つあいだに。

              ¯¯¯¯¯¯¯¯ 

 詩の古くさい考えは、ぼくの言葉の錬金術において、かなりの部分を占めていた。
 ぼくは単純な幻覚に慣れた。ぼくは工場の場所に回教寺院をとてもはっきり見ていた。天使たちによる太鼓の訓練を、天空の道を行く四輪馬車を、湖底にあるサロンを同様に見ていた。さまざまな怪物や神秘もだ。芝居の演目はぼくの前に激しい恐怖を準備していた。
 それからぼくは自分の魔術による詭弁を、言葉の幻覚によって説明した!
 ぼくはついに、ぼくの精神の無秩序が神聖なものであることを見いだした。ぼくは重苦しい熱に襲われて、無為に過ごしていた。ぼくは獣たちの至福を羨んでいた、― 地獄の周辺にいる人たちの無垢をあらわす毛虫たちの、純潔の眠りをしているモグラたちの至福をな!
 
 ぼくの性格はとげとげしくなっていた。ぼくはロマンス風の詩の世界に別れを告げていた。


          最も高い塔の歌
 
          来てくれ、来るんだ、
          ぼくらが夢中になる時が。

          ぼくはさんざん我慢した
          骨身にしみるくらいにだ。
          恐れと苦痛の数々は
          天国に飛んでった。
          すると病的な渇望は
          ぼくの静脈を暗くした。

          来てくれ、来るんだ、
          ぼくらが夢中になる時が。

          草原のようなものだ
          忘却にゆだねられた。
          生い茂り花開く
          香る草と毒麦のある、
          かすかに凶暴な音のする
          汚いハエたちのいる。

          来てくれ、来るんだ、
          ぼくらが夢中になる時が。

 ぼくは愛した。荒野、干からびた果樹園、色あせた店、ぬるくなった飲み物を。ぼくは臭い路地を苦しげに歩いていた。ぼくは目を閉じて、火の神の太陽にこの身を捧げていた。
 《 将軍よ、あなたの廃墟の城塞に、一門の古い大砲が残っているのなら、乾いた土くれをこめて、ぼくたちを砲撃しろ。輝く店々のショーウィンドーを! あちこちのサロンを! その塵を町に食らわせろ。ガーゴイルを錆びつかせろ。閨房を焼けるようなルビーの粉で満たせ. . .
 おお! 宿屋の便所に酔い痴れる小蝿よ、ルリチシャ好きで、光で溶けてしまうものよ!
   
             
           飢え

     ぼくに嗜好があるとすれば
     それはほとんど土と石だけ。
     ぼくがいつも食べるものは、
     空気、岩石、石炭、黒がね。 

     ぼくの飢えよ、回れ。飢えが、草を食べろ、
           麦かすの牧場だ。
     陽気な毒を引き寄せろ
           昼顔のそれをだ。

     食べろ、砕いた小石、
     教会の古い石を。
     古い洪水の丸い小石、
     灰色の谷間に撒かれたパンを。

              ¯¯¯¯¯¯¯¯ 


     狼は吠えていた、葉っぱの下で。
     食事にとった鶏たちの
     きれいな羽を吐き出して。
     彼のようにぼくも憔悴する。

     サラダ菜、果実は
     摘み取られるのを待つしかない。
     でも生け垣にいるその蜘蛛は
     スミレだけしか食べやしない。

     ぼくは眠りたい! 沸騰したい
     ソロモン王の祭壇で。
     できた泡が錆の上を流れる。
     そしてセドロン谷へ合流する。

 ついに、おお幸福だ! おお理性だ、ぼくは空から青空を引き離したぞ。それは黒い空だ。そして自然界の光である金色の輝きになって、ぼくは生きたのだ。
 喜びのあまり、ぼくは非常に滑稽で狂ったような表現をしていた。
 


          見つかった!
          何が? 永遠だ。
          太陽と交じった
             海なんだ。

          ぼくの永遠の魂よ、
          君の誓いを守るんだ
          孤独な夜であっても
          燃え上がる昼であっても。

          すると君は解放されるんだ
          賛同する人々から
          ありふれた高揚から!
          君は飛ぶ、そうさすものは. . . . .

          ― 決して希望はない。
             生誕もいらない。
          学問と辛抱だ、
          責め苦があるのは確実だ。

          未来はもうない
          サテンの燠達よ、
             君たちの熱情は
             義務なんだ。


          見つかった! 
          ― 何が? ― 永遠だ。
          太陽と交じった
              海なんだ。 

             ¯¯¯¯¯¯¯¯ 

 ぼくは想像を絶するオペラになった。ぼくはすべての人たちが幸福の宿命を負っていることに気づいた。行動というものは人生ではなくて、なんらかの力を浪費する仕方であり、苛立ちである。道徳は頭の弱さだ。
 それぞれの人に、いくつもの他の人生があるべきだったとぼくには思えたものだ。この男は自分のしていることがわからない。彼は天使だ。あの家族は一腹の犬の子たちだ。何人もの人たちの面前で、彼らの他の人生のとある一瞬と、ぼくははっきり話をした。― そういうわけで、ぼくはひとりの豚を愛したのだ。
 狂気、― 人が閉じ込める狂気、― のどんな詭弁も、ぼくによって忘れられることはなかった。ぼくはそれらのすべてを繰り返して言えるだろうし、その体系も手中にしている。
 ぼくの健康は脅かされた。恐怖が来ていた。ぼくは何日も眠りに落ち、そして、起きては、この上もない悲しい夢を見続けていた。ぼくの亡くなる時が熟していた。そしてぼくの弱さが危険な道を通って、ぼくを現世とキンメリア国との境へ導いていた。その国は闇と旋風の国だ。
 ぼくは旅をして、ぼくの脳に集められた呪縛を解かなければならなかった。ぼくが愛していた海。それは穢れをぼくから洗い流してくれるはずのものであるかのようだった。その海上に、ぼくは慰めの十字架が昇るのを見ていた。ぼくは虹によって地獄に落とされていた。
 幸福はぼくの宿命、ぼくの悔恨、ぼくのうじ虫だった。ぼくの人生は力と美に捧げられるには、常にあまりにも大きかったのだろう。幸福! その歯は、死に優しく、一番鶏が鳴くとき、― キリストハ来給ヘリの朝ニ ― この上もなく暗い町々で、ぼくに知らせていた。


      おお 季節らよ、おお 城たちよ!
      どんな魂が無疵なのか?

     ぼくは魔術的な研究をした
     誰も逃れられない幸福について。

     それに挨拶だ、
     そいつのガリアの雄鶏が鳴くたびに。

     ああ! ぼくはもう欲しない
     そいつがぼくの人生を引き取った。

     あの魅力は魂と肉体を捉えた、
     それらの努力を追い散らした。

     おお 季節らよ、おお 城たちよ!

     それが過ぎ去る時は、ああ!
            亡くなる時だろう。

     おお 季節らよ、おお 城たちよ!

             ¯¯¯¯¯¯¯¯ 

これは過ぎたことだ。ぼくは今、美を称えることができる。

             ¯¯¯¯¯¯¯¯ 


不可能


                 不可能

 ああ! ぼくの少年時代のあの生活は、どんな天気でも街道にいて、超自然的に小食で、最も優れた乞食よりも無欲で、祖国や友人をもたないのが自慢で、なんとそれは愚かだったことか。― しかもぼくは、やっと今それに気づいたのだ!
 ― 愛撫の機会を逃さないあいつらを、ぼくが軽蔑したのは正しかった。彼らはぼくらの女たちの清潔と健康に寄生している。今では彼女らとぼくらは、あまりうまくいっていないのに。
 ぼくの軽蔑はすべて正しかった。ぼくは脱走するからだ!
 ぼくは脱走するぞ!
 ぼくの説明だ。
 昨日はまだ、ぼくはため息をついていた。《 なんてことだ! この世で地獄に落ちる運命が充分ある人たちはぼくらなんだ! ぼくは彼らの群れの中に長い間いる! ぼくは彼らをみんな知っている。ぼくらはいつも互いにそれとわかるし、互いにうんざりでもある。愛徳はぼくらにとって未知のものだ。しかしぼくらは礼儀正しいし、世間との関係もちゃんとやっている。》 これは意外かな? 世間は! 商人ども、馬鹿正直者たちだ! ― ぼくらは体面を汚されてはいないのだ。― でも神に選ばれた人たちは、どのようにぼくらを迎え入れるのだろうか? ところで邪険で陽気な連中はいるもので、偽の選良だ。彼らに近づくためには、ぼくらは大胆になるか謙遜するしかない。彼らだけが選良なんだ。彼らは祝福者なんかじゃない!
 安物の理性が戻って ― それはすぐになくなるさ! ― ぼくは気づいたのだ。ぼくらの不安というものは、ぼくらが西洋にいることをぼくが充分早く思わなかったことに起因していることを。西洋の泥沼よ! ぼくは西洋の知識が悪化したり、存在形式が衰弱したり、運動が迷っているとは思わない. . .  よし! オリエントの終末以来、精神が受けた過酷なあらゆる発展を、ぼくの精神は絶対に引き受けることにしたい. . .  それを望んでいるのは、ぼくの精神なんだ!
 . . . 安物の理性が終わった! ― その精神は権威であり、ぼくに西洋にいろと要求している。ぼくが願うような結論にするためには、その精神を黙らさねばならないだろう。
 ぼくは、殉教者の栄誉、芸術の光芒、発明者の慢心、略奪者の血気、それらを悪魔にくれてやっていた。ぼくはオリエントに、そして原初と永遠の英知に戻っていた。― それも粗雑な怠惰による夢であるらしい!
 とはいえ、ぼくは現代のさまざまな苦悩から逃れる楽しみには、ほとんど気にもかけないでいた。コーランの折衷した知恵にも目をつけないでいた。― しかし、あの科学の宣言以来、キリスト教は、人間はたわむれを演じ、結果のわかっていることを自ら証明し、それらの証明を繰り返すことに喜びあふれ、そしてそのようなことにしか生きていない。それらの中に現実の苦痛はないのか! 巧妙で間抜けな責め苦だ。それがぼくの精神を妄想に導く源だ。自然が退屈するだろうよ、たぶん! 俗物のプリュドム氏はキリストと一緒に生まれたんだ。
 それはぼくらが霧を育てているからではないのか! ぼくらは自国の水っぽい野菜と一緒に熱病を食べている。それに飲酒癖! タバコ! 無知! 献身! ― すべてそれらは、最初の祖国であるオリエントの知恵の思想から、遥かに遠いのではないか? これらの毒を発明しておいて、現代の世界は何のためにあるのか!
 教会の人たちは言うだろう。「わかりました。でもあなたが話したいのはエデンの園のことですよ。オリエント人の歴史の中に、あなたに関することは何もないのです。」― それは本当だ。エデンの園のことを、ぼくは考えていた! ぼくの夢にとって、あの古代の種族の純粋さは何なのか!
 哲学者たちは言うだろう。「世界には年齢がない。人間は移動する、ただ単に。あなたたちは西洋にいるが、あなたたちのオリエントに住むのは自由だ。どんな古い所をあなたたちが必要であろうとも、― そこで心地よく住むのは自由だ。敗者にはならないように。」  哲学者たち、君たちは西洋出身だぞ。
 ぼくの精神よ、気をつけろ。荒っぽい救済策はだめだ。おまえよ、強くなれ! ― ああ!科学はぼくらにとってあまり速く進まない!
 ― しかし、ぼくの精神が眠っているのを、ぼくは気づいている。
 もしそれが今からずっと目覚めているのならば、ぼくらはやがて真理に到達するだろうし、その真理は涙を流すその天使たちと一緒に、たぶんぼくらを取り囲むだろう!. . . ― もしそれが今までに目覚めていたのならば、ずっと昔に、ぼくは有害な本能に屈しなかっただろうに、ということだ!. . . ― もしそれが常にしっかり目覚めているのならば、ぼくは英知の海を航行しているだろう!. . .
 おお 純粋よ! 純粋よ!  
 この目覚めの時が、 ぼくに純粋の予見を与えたのだ! ― 精神によって、人は神の方へ向かう!
 胸を引き裂くような不幸だ!

               ¯¯¯¯¯¯¯¯ 


閃光


                   閃光

 人間の労働! それは時どきぼくの奈落を照らす、爆発である。
 《 空なるものは全くない。科学に向かって、前進だ! 》現代の伝道の書、言い換えればすべての人たちがそう叫んでいる。それにもかかわらず、悪人や怠け者の死体たちが他の人たちの心に襲いかかっている. . .  ああ! 速く、少し速く。向こうに、夜の彼方に、未来の、永遠のあの褒美を. . . それをぼくらはもらい損ねるのか?. . .
  ― ぼくは何が出来るのか? 労働は知っている。科学は遅すぎる。祈りは速く進めよ、そして光は轟け. . . ぼくはそれをよく知っている。それは単純すぎる。それにしても、暑すぎるぞ。人にとってぼくは不要だろう。ぼくにはぼくの義務がある。それを脇において、多くの人がするように、ぼくもそれを誇りにするだろう。
 ぼくの人生は衰えている。さあ! 本心を隠そう、のらくら暮らそう、おお 哀れなことか! そしてぼくらはこう生きるんだ。楽しく、とてつもない愛や幻想の世界を夢見て、不平を言いながら、それから軽業師、乞食、芸術家、追いはぎ、― 司祭もだ、この世にいるそれら外見の連中に文句を言いながら! 病院のぼくのベッドの上で、香の匂いが強烈に戻ってきた。聖なる香の番人よ、聴罪司祭よ、殉教者よ. . .
 ぼくは子どもの頃にぼくが受けたひどい教育を認める。それがどうしたと言うんだ!. . . ぼくの二十歳に向かっていけ、他人が二十歳に向かうなら. . .
 ちがう! ちがう! 今ぼくは死に対して反抗してるんだ! 労働はぼくの自尊心にとって軽すぎるように見えるし、社会への反逆も短かすぎる責め苦だろう。最期の時に、ぼくは右や左に攻撃するんだ. . .
  その時に、― おお! ― いとしい哀れな魂よ、永遠はぼくらにとって失われていないだろうか!



                    朝
              
 ぼくにはかつてあったのではないか。黄金の紙に書かなければならない、愛すべき、英雄的、想像を絶する、青春が、― 良過ぎた幸運だった! どんな罪で、どんな過ちで、ぼくは今の衰弱に値するようになったのか? 動物たちが悲しみでむせび泣き、病人たちが絶望し、死者たちが悪い夢を見ると主張するあなたたちは、ぼくの転落と眠ったような有様を語ろうとしてください。このぼくは主の祈りやアヴェマリアの祈りを絶え間なく唱える乞食ほどにも、自分を語れないのだ。ぼくはもう話せない!
 それでも、今日、ぼくは自分の地獄を語り終えたと信じている。それはまさに地獄だった。古くからある、人の子がその扉を開けた地獄だった。
 あの同じ砂漠の、同じ夜に、いつもぼくの疲れた目はあの銀の星で目を覚ますが、いつも、人生の王たち、心と魂と精神である東方の三博士は動こうとしないのだ。いつぼくらは迎えに行くのだろう、砂浜と山々を越えて、新しい労働の生誕を、新しい英知を、暴君と悪魔らの退散を、迷信の終わりを。いつ礼拝に行くのだろう ― 最初の人として! ― 地上での生誕祭に!
 天上の歌声、人々の行進! 奴隷たちよ、人生を呪うのはよそう。


訣別

 
                   訣別          
              
 もう秋! ― しかしなぜ永遠の太陽を惜しむのか、もしぼくらが崇高な光の発見に誘われているのなら、― 季節季節に死ぬ人々から遠く離れていて。
 秋。不動の霧の中で造られたぼくらの船は、貧困の港へ、空に火と泥の染みがある巨大な都市へ向きを変えている。ああ! ぼろぼろの服、雨にぬれたパン、酩酊、ぼくを十字架にかけた数限りない愛! したがって死に、そして裁かれる無数の魂や肉体を食う、あの女王食屍鬼はそんなわけで終わりにならないだろう! ぼくは思い出す、泥とペストで蝕まれた自分の皮膚を、髪とわきの下にはいっぱいの蛆虫を、心臓にはもっとふとった蛆虫を、年もわからず感情もない見知らぬ人々の間に横たわっている自分の姿を. . . ぼくはそこで死んでいたかもしれない. . . 恐ろしい記憶だ! ぼくは逆境を激しく憎悪する。
 そして冬を恐れている。というのはそれが安逸の季節だからだ!
 ― ときどきぼくは歓喜する白人の国民でいっぱいになった、果てしない砂浜を空に見る。一隻の黄金の巨船が、ぼくの上方で、朝のそよ風に様々な色の旗を満艦飾になびかせている。ぼくはすべての祝祭、すべての凱旋式、すべての劇を創造した。ぼくは新しい花、新しい天体、新しい肉体、新しい言語を発明しようと努めた。ぼくは不思議な力を得たと信じた。だが、なんということか! ぼくは自分の想像力と数々の思い出を葬り去らなければならない! 芸術家と物語作家としての、なんと美しくも奪われてしまう栄光よ!
 ぼくが! すべての道徳にとらわれない、魔術師とも天使とも自称していたこのぼくが、土に戻されるのだ、義務を求めごつごつした現実を抱きしめるために! 百姓だ!
 ぼくは欺かれているのか? 慈愛は死の姉妹なのだろうか、ぼくにとっては?
 とにかく、嘘を身の糧にしていたことについて許してもらおう。それだけのことだ。
 しかし友好の手はない! 助けをどこから取り出そうか?

                ¯¯¯¯¯¯¯¯ 
 
 そう、新しい時は少なくとも非常に厳格だ。
 というのも、ぼくは勝利を獲得すると言い得るからだ。歯ぎしり、炎のうなる音、臭いため息は静まる。すべてのけがらわしい思い出は消え去る。ぼくの最後の後悔が逃げていく。― 乞食、悪党、死の友達、あらゆる種類の精神薄弱児たちに対する羨望が。― 地獄に落ちた者どもよ、ぼくが復讐できたらなあ!
 絶対に現代的であらねばならない。
 賛歌はいらない。勝ち取った歩みを保持することだ。厳しい夜! 乾いた血がぼくの顔をいぶし、ぼくの後ろにはあの恐ろしい灌木のほかは何もない!. . . 精神の闘いは人間の戦闘と同じく容赦ないものだが、正義を見通すことは神のみの楽しみなのだ。
 まだ今はその前夜だ。すべての現実の活力と優しさが来るのを受け入れようよ。そして夜明けには、強烈な忍耐で武装して、ぼくらは光に満ちた様々な都市に入るのだ。
 ぼくは友好の手について何を語ったのか! ひとつ有利なことに、ぼくは昔の偽りの恋愛を笑うことができるし、あの嘘つきカップルたちに恥の痛打を与えることもできる。― ぼくはあそこで女たちの地獄を見た。― そしてぼくには、ひとつの魂とひとつの肉体のなかに真実を所持することが許されるだろう。

                              4月ー8月, 1873.








ランボー詩抜粋 谷間に眠る男


        谷間に眠る男

そこは緑の穴ぼこ、川が歌い
銀のぼろ切れを草たちに狂おしく絡ませている。
そこは太陽が、崇高な山から輝い
ている小さな谷間、光の筋たちが泡立っている。
   
ひとりの若い兵士は、口をあけ、帽子をかぶらず、
うなじを青く生き生きとしたクレッソンにうずめて、
眠っている。彼は草の上に寝かされている、
雲の下で、光が降り注ぐ緑のベッドの上で青ざめて。
   
両足をグラジオラスに囲まれて、彼は
眠る。病気の子どもが微笑むように微笑みながら、
彼はひと眠り。自然よ、彼をあたたかく揺すれ、彼は寒い。
   
香りが彼の鼻孔を膨らますことは
ない。彼は太陽の下で眠る。片手を静かな胸にのせながら。
彼にはふたつの赤い穴がある、右の脇腹に。






オフェリア

            
            オフェリア 

              Ⅰ
    星たちがまどろむ、静かで暗い水面に
    白いオフェリアは大輪の百合のように漂う、
    とてもゆっくり漂う、長いヴェールに横たわり. . .
    ― 遠い森では、角笛の音が聞こえている。

    千年以上の昔から、悲しみのオフェリアは
    過ぎて行く、白い亡霊で、長く暗い川面に
    千年以上の昔から、彼女の甘い情熱は
    そのロマンスを囁いている、夕暮れのそよ風に
    
    風は乳房に接吻し、花冠のように押し広げるのは
    水でふんわり揺らされた彼女の大きなヴェール、
    そよぐ柳の木々たちは、彼女の肩に涙する
    夢見る広い額には、葦たちはお辞儀する。

    気分を損ねた睡蓮は、彼女の周りで長嘆息、
    彼女はときどき呼び覚ます、榛の木の眠る、
    あるねぐらを、そこからはかすかな羽音が飛んで行く、
    ― 神秘の歌が金の星から降ってくる。

               Ⅱ
    おお、青白いオフェリアよ! 雪のように美しい!
    そう、君は死んだのだ、娘のままで、川に運ばれて!
    ― それはノルウェーの高い山から吹く風が厳しい
    自由のことを君に囁いたので。

    それは一陣の風が、君の豊かな髪をねじり、
    君の夢見る精神に、奇妙な響きを与えていたので。
    木の嘆き声と夜ごとのため息のなかに、
    君の心が自然の歌を聞いていたので。

    それは狂える海の声、莫大な喘ぎ声が、あまりにも
    人間的で優しい君の幼い胸を打ち砕いたので。
    それは四月の朝、青白い美形の騎士の、
    哀れな狂人が、彼女のひざの前に黙って座ったので!

    天!愛!自由!なんたる夢か、おお、哀れな狂女よ!
    君は彼にとろけていた、火の前の雪のように、
    きみの大きな幻は、君の言葉を詰まらせた。
    ― そして恐ろしい無限に、君の青い瞳はおびえた!

               Ⅲ
    ― 詩人は言う、星たちの光のなかで君は夜、
    君が摘んだ花を捜しに来ると。
    そして水の上で、長いヴェールに横たわる、
    白いオフェリアが大輪の百合のように漂うのを見たと。


 

ロマン

 
           ロマン 

            Ⅰ
十七歳になったなら、真面目だけではいられない。
― ある宵、ビールやレモネード、輝く
シャンデリアのうるさいカフェは、どうでもいい!
― 君は遊歩道の、緑の菩提樹並木のなかを行く。

六月の快適な宵に、菩提樹はいい匂い!
ときとして空気は甘く、まぶたが閉じてしまう。
空騒ぎを乗せた風は、― 街は遠くない、―
ぶどうの香りとビールの香りがしている. . .

            Ⅱ
― あそこには、とても小さなぼろ切れが
見える。暗い青色で、小枝で囲まれていて、
ある邪悪の星が染みついている。それが
甘くまたたき消えて行く、小さく純白のままで. . .

六月の夜! 十七歳! ― 酔うがままだ。
活力はシャンパンだ、酔いが頭に回ってる. . .
支離滅裂、唇にくちづけを感じてる、
小さな獣のように、そこは痙攣してるんだ. . .

            Ⅲ
浮かれた心は未知のロマンスたちを突き抜ける、
ロビンソンのように。―その時、青い街灯を浴びて
お嬢さんが素敵な様子で行き過ぎる、
父親の大きな偽襟の影にいて. . .

そして、彼女は君がすごく初心だと知ったので、
小さな深靴で駆け出したのだ、
しかし向きを変え、合図を送る、元気な動きで. . .
― そのとき君の唇で、アリアは消えてしまうのだ. . .

            Ⅳ
君は恋する人。八月までは予約中。
君は恋する人。― 君のソネットで彼女は笑う。
君の友はみんな去り、君は付き合えない人になる。
― それからある晩、愛しの人が君に手紙をくれた. . . !

― 今宵、. . . ― 君は輝くカフェに戻ってくる。
君はビールやレモネードを注文する. . .
― 十七歳になったなら、真面目だけではいられない
そして遊歩道の、緑の菩提樹並木があるんだ。

                29 sept. 70



母音

           
             母音
 
A 黒、E 白、I 赤、U 緑、O 青、母音たちよ、
ぼくは君たちの内に秘めた出生を、いつか語ろう。
A、黒い毛のコルセット、むかつく悪臭の周りを
唸って飛んでいる、艶やかな蝿たちを思わせるよ、

影の入江、E、靄とテントの純白、威厳のある
氷河の槍たち、白い王たち、散形花序の花のそよぎ、
I、緋色、吐かれた血、美しい唇の笑い、
それは怒りや悔悛する陶酔のなかにある

U、循環、緑の海の神々しい揺動、
家畜をちりばめた牧場の平和、皺の静寂、
錬金術師が研究好きの広いその額に刻みつけたもの、

O、至上のラッパ、奇妙で鋭い音がする、
様々な世界と天使たちを突き抜ける沈黙、
― O、オメガ、紫色の光線、あの人の目の!


感覚

          
           感覚

夏の青い夕暮れに、ぼくは小道を行こう、
小麦にちくちく刺され、小さい草を踏みながら。
夢想家のぼくは、両足に新しさを感じるだろう、
無帽の頭を風のなかにさらすんだ。

ぼくは話したりはしない、ぼくは何も考えない、
でも無限の愛が心のうちに込み上げてくるだろう、
そして遠くへ、遥か遠くへ行く、ボヘミアンのように、
大自然のなかを、― 女と一緒のように楽しく。
                 3月 1870 
       



酒場「みどり」で

      
       酒場「みどり」で、夕方5時

八日前から、小石の道で深靴を酷使し続け、ぼくは
やっとシャルルロワに入っていた。
― 酒場「みどり」で、ぼくが注文したものは
バターを塗ったパン切れと冷えた生ハムだった。

心地よくて、ぼくは両足を緑のテーブルの
下に伸ばした。壁紙をじっと見ると、模様が
とても素朴だった。― するとこれが可愛いいの
なんの、その時に、巨乳で目元の生き生きした娘が、

― その娘は、くちづけなんかじゃ驚かない! ―
陽気な顔で、ぼくにバターを塗ったパン切れと
ちょうどいい生ハムを、絵皿にのせて持ってきた。

ピンクと白の生ハムはニンニクの香り
がする、― それからぼくの巨大ジョッキを
夕日で金色に染まる泡立つビールで満たしてくれた。

                       10月 70


ぼくの放浪


       ぼくの放浪(ファンタジー)

ぼくは出かけたものだ、両手のこぶしを破れたポケットに
突っこんで。ぼくのコートも同様に完璧だった。
空の下を行ったものだ、詩の女神よ! ぼくはあなたに
忠実だった。やれやれ! なんと輝く愛を夢見たことか!

ぼくの唯一のキュロットには、大きな穴があいていた。
― 夢想家の親指小僧であるぼくは、道すがら
韻をひとつひとつ並べていた。ぼくの宿屋は大熊座、
― ぼくの天の星たちは、優しくさらさら囁いていた。

そしてぼくはそれを聞いていた、道端にすわりながら、
九月のその良い夕べに、ぼくの額に露のしずくを
感じていた、元気にさせる酒のように。

そこで、幻想を誘う闇のなかで詩をつくりながら、
竪琴のように、ぼくの傷ついた靴のゴムひもを
ひいていた、片足をぼくの胸に引きよせて!



-|2009年01月 |2009年02月 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。